こうやって、一年の終わりをさしたる情趣もなく終えようとしているのは
そう
いつまでたっても受験生をやっているからでございます
たかが高校入るのにすら2年もかかったから
それを考えるとおそろしすぎる
ただ、昔のように焦ってはおりません
まわりに仲間いないし
競う相手もいなく
のほほーん、と好き勝手やってる
2週間後に、センターを終えて、大体、進路決まっちゃいます。
受験地獄に終止符をうてるのか、どうなのか。
(今年、来年、とダメだったら、諦めて私立の理系に行くことにした。)
東北で受験できるのか、はたまた札幌なのか、もしかしたら旭川なのか
(東北、北海道以外への進学はない)
こればかりは、ふたをあけてみなければわからないけれど
9割とれる自信はないや
難関大志望者は往々にして簡単に9割、9割っていうケド、現実的に今のセンターで9割とるというのは、かなりの難しさだと思う。
実際に8割さまよってるレベルだったときは、9割に到達するのも無理のないようなレベルに感じていたケド、
問題にも左右されるし、その日の体調(ひらめき)や、少なからず運の要素も含まれてくる、ってことがよくわかった。
過去問やってて、9割越える年度ができるようになって初めてわかったことだけど。
ここから、確実に9割以上得点できるようになるためには、もう重箱のすみをつつくような勉強をしていかなきゃならないケド、
あと2週間でできることなんて限られてるから、
ある程度、捨てるところは捨てて、っていう割切り方も必要かなと思ってきた。
最低ラインを85%に設定して、プラスの分はめっけもん、くらいの、意気込みね。
これさえ越えたら、あとは2次試験で挽回できる。
最低ラインを切ってしまった場合の身の振り方もある程度決まったわけだし、あとはいつもどおりにやればいいや。
さて。
2011年は揺れに揺れた年だった。
1月
ホストでナンバー2
とりあえず生活には困ってなかったケド、今考えたらむちゃくちゃな生活だったと思う
もう2度とあんなふざけた生活はできません
いい思い出にはなった。
ただ、思い出だからいいってだけで、またやれって言われたらやだぽよ。
2月
ホストで初めてプラスの給料もらったのを機会に逃走して、舞と付き合うことになって、北海道いって、少しずつ勉強に着手。
人生初ディズニーランドデートをした。
3月
大震災
本当にこれからどうなっちまうんだろうかと思った
街並みが完全に地獄絵図
Kスタに行ってテレビでうつされた津波の状況に言葉を失った
しんどかったなぁ
4月
なんとか河合塾で通常に勉強できることになり、本気出した
このとき頑張ったから、成績が異常なほど上がったんだと思う。
いろいろあって、罪悪感と不安と緊張で胸が苦しくなった。
5月
ぼちぼち中弛みもしたケド、それなりに勉強もはかどった。
デートでは動物園に行ったりして、仙台が一層好きになった。
5月の仙台の空気の気持ちよさは異常。
6月
誕生日にいっぱいサプライズされた。
今でもたまに思い出すレベル。
ネックレスと絵本は宝物。
勉強もしたケド、デートいっぱいして幸せだった。
7月
舞の誕生日
大阪行って
人生初ユニバーサルスタジオジャパン
舞より俺が楽しんだ
前期が終了して、勉強が一時ほったらかし状態に陥る。
要するに完全なる中弛み。
8月
新庄祭
圧巻だった
来年も絶対いく
ババヘラうますぎ。
舞の実家で1泊
食いまくりわろりん
7月から一貫して体重増加がとまらない
9月
としえ仙台襲来
後期授業が始まり、夏休みの怠惰を深く後悔し勉強する
10月
かつてない結果の模試が返却され、医学科が手に届くかもしれないという実感に、燃えに燃える
11月
実際に第一志望のキャンパスに足を運び、テンションあぷ。
普段の勉強でのあまりの手応えのなさに模試がまぐれだったんだという気持ちが沸き起こってきて、もやもやしたまま勉強を続ける
医進模試終了を期にセンターを意識した勉強に切り替え
12月
クリスマス
幸せな時間だった
でもプレゼントお互い渡すの早すぎわろ
時計と手袋素敵すぎ
舞からのプレゼントで完全に全身が埋め尽くされた瞬間だった
色々決意した
そんな感じの一年
一言で言えば、『受験とまい』って感じになるのだけど
漢字であらわすならやっぱり『震』
せやなー
実際、デートしまくって、勉強しまくって、素敵な時間すごしまくった。
悲しいこともあったケド、でも2011年は、本当に自分にとってかけがえのない1年になったと思う。
来年はどんな1年になるんだろうか、
いや、どんな1年にしようか
よいお年を!